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晴川雨読

晴れている時は川へ、雨の日は川に関する情報収集をします。

北海道の歴史がわかる本「桑原真人、川上淳」(亜璃西社)

飛鳥~鎌倉の歴史学的資料(考古学ではない)が無いようで、歴史はわからんね~っていうのが読んだ感想です。

最初の歴史文献が、新羅之記録というので、「17世紀に編纂された松前家初期の歴史書で、北海道最古の歴史文献」だそうです。
文字がどうのこうのという記載はなかったはずなので、文字が無かったから記録が残っていないということなのでしょう。

目に留まったものを引用します。

歴史上のアイヌ民族で最も有名な人物といえば、シャクシャインだろう。その名は中学校の教科書にも登場し、高校日本史ではほとんどの教科書に掲載されているほどだ。

始めて聞きました。昔と今の中学校の教科書は違うのかな。高校は世界史だったのでどうだか知らないし。

現在の日本では、「土人」という言葉は差別用語とされている。・・中略・・語源的にみても土人には、「その土地の住民」という意味があった。

言葉尻をとらえて差別だと大声で言う人がいるからおかしなことになるんでしょうね。

開拓使によるアイヌ政策は、風俗・習慣、勧農、教育の三側面を通じて和人化=同化政策であった。・・中略・・死者が出た場合に住居を「自焼」して転居する行為を禁止

昔、日本は土葬だったけど衛生上の問題から火葬にしたというのと通じるものがあるのだと思う。禁止したから全て迫害だというのはどうかと思う。
資源の問題だったり、火事になったりするのを回避する目的もあったのではないかな?
ただその「自焼」のために、色々なものが未来に残されなかったってい負の側面もあるんじゃないかな。

実はこの「番外地」、1874(明治7)年から始まる屯田兵制度と深い関係がある。屯田兵によって編成された集落を屯田兵村と呼ぶが、兵村内には次のよう土地があった。
 それは、練兵場・射的場・軍事教育用作業地・屯田本部敷地・官舎敷地・兵屋敷地・社寺敷地・農耕地・道路敷地・風防林敷地・墓地といった土地であり・・・中略・・・土地所有という面からは共有地・民有地・官有地にわかれており、そのほかに「番外地」と呼ばれるものがあった。
・・・中略・・・
つまり、屯田兵村における番外地とは、外部の商人たちが入る商業ゾーンであり、北海道庁が明治20年代から実施した殖民地区画制度における「市街地」と、その機能が同一であった。

番外地ってこういう意味だったのね。

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